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ゆいま〜る倶楽部ブログ

2014年02月06日

ブログ始めました。タマタマ倶楽部日記

初めまして。ゆいま〜る倶楽部担当のタマです。

これから、このブログで「ゆいま〜る倶楽部」のことや、いつまでも自宅で暮らすために必要なこと、ゆいま〜る倶楽部に入られている会員の方たちの声などを紹介しながら、これを読んでくださる方たちと一緒に双方向のコミュニケーションができたらいいなあと思っています。

今、月に1回ペースで、「ゆいま〜る倶楽部」の説明会を開いています。今日はブログの第1回目ですので、自己紹介もかねて、説明会の様子を実録でお伝えしたいと思います。

▼ゆいま〜る中沢の中にある「ゆいま〜る倶楽部専用居室」。

▼ゆいま〜る倶楽部・説明会 2014年1月28日開催 於「ゆいま〜る中沢」(司会:タマ)

みなさん、ようこそお越しくださいました。今日は「最期まで在宅で暮らしたいけれど、認知症になったり、介護が必要になったときのことが不安」という思いを持っていらっしゃる方にお集りいただいたと思います。ゆいま〜る倶楽部は、元気なうちは自宅で暮らし、介護が必要になったら、見守りのある専用居室に入居できる、という仕組みです。

今日は、その仕組みについてご説明するとともに、館内のご見学も予定しています。

(この後、コミュニティネットの取組みや実績などを紹介→ここでは省略)

さて、ここ「ゆいま〜る中沢」は昨年3月にオープンいたしました。ゆいま〜る倶楽部の専用居室はこの中にあります。まずは、ゆいま〜る中沢がどのような場所なのかをご説明いたします。

「ゆいま〜る中沢」の大きな特徴のひとつは、医療福祉ゾーンの真ん中にあるということです。

ここ中沢は、多摩市における医療福祉ゾーンとされており、お隣は新天本病院(医療法人財団 天翁会)と、道をはさんでお向かいにはデイサービスやショートステイなどの入っているあい老健、そのすぐ近くに南部地域病院があります。高齢者医療から救急医療、がんの治療まで、医療と介護の環境が充実した場所というのが特徴です。

もうひとつの特徴として、ゆいま〜る中沢の中には、自分らしい暮らしを支える仕組みに加え、医療と介護の安心の仕組みが整っていることです。

1階にあいクリニック中沢、訪問看護ステーション、2階には認知症になった方が自分らしく暮らすグループホーム、3階に小規模多機能型居宅介護があります。これらは天翁会さんが運営され、グループホームと小規模多機能はこの3月にオープンする予定です。

ところで、小規模多機能ってどういうものかご存知の方はいらっしゃいますか? (みなさん、わからない、とのお返事)。

そうですよね、わかりにくいですよね。これは、小さな規模だけれど、たくさんの機能をもつ在宅を支える仕組みです。通所介護(デイサービス)を中心に利用しながら、必要に応じてショートステイや訪問介護を受けることができる、一種のセットメニューのようなサービスです。3種類の介護サービスを顔なじみのスタッフから受けることができるため、人見知りしがちな方でも安心して利用できるというものです。

さらに、中沢には暮らしを楽しみ、自分らしい社会生活を営んでいただきたくために、地域にも開かれた食堂、趣味や音楽を楽しむ多目的ホールなどがあります。

このような特徴をもつ「ゆいま〜る中沢」ですが、「ゆいま〜る倶楽部」の会員ための専用のお部屋は、この建物の中にあります。

▼ゆいま〜る中沢の屋上庭園にて。左に見えるのが新天本病院です。右手のカメラチームはテレビ局の方たち。昨夏、取材を受けたときのスナップです。

(で、この後、本題〈ゆいま〜る倶楽部のしくみの説明〉に入る前に、スタッフと参加者による自己紹介です。これは、コミュニティネット独自のスタイルで、一方的な説明会ではなく、参加された方の知りたいこと、悩みなどに耳を傾け、その想いを受け止め、会話のキャッチボールをしながら、会を進めています)

「さてさて、ゆいま〜る倶楽部の仕組みをお話する前に、自己紹介の時間を持ちたいと思います。限られた時間のなかで、できるだけ皆様の想い、ニーズに寄り添えるよう、進めてまいりたいと思います。それでは、まずスタッフから」

「みなさん、こんにちは。Mです。私は2012年の7月からこの会社で働いています。その前は、福島に住んでいました。東日本大震災で福島は大津波による被災と放射能汚染という二重の被害を受けました。そのまま、福島に住み続けるのか、みんな悩んでいました。私も悩みました。コミュニティネットと縁ができ、私は仕事と住む場所を与えていただいたので、福島から東京に出てくることができました。郡山に父と母が住んでいます。子どもたちはみな福島を出ています。両親のこれからのことを考えると不安がたくさんあります。今日は、みなさんのお話をうかがいながら、安心していつまでも自宅で住み続けるためにはどうしたらいいのかを一緒に考えたいと思います。よろしくお願いします」

(スタッフMの話に、みなさんから言葉をいただきました「あの時、福島にいらしたの。大変だったわね」「おうちは大丈夫だったの?」などなど。参加されたみなさんとの「距離」が一気に近くなる感じがしました)

続いて、私(タマ)。

「私はここ多摩市に住んでいます。子どもが3人おりまして、長女は40歳、長男が37歳、一番下が16歳でして…」

(おっと、ここで会場内の空気が動き、みなさん「?」の目で私を見つめていらっしゃる)

「あなた、まだお若いでしょう…」「10代でお子さんをお産みになったの?」と。

「いえいえ、つれあいの前の結婚のときの子どもがおりまして」と答えると、みなさん、どっと笑いが…。で「苦労されているのねえ」と。

(好きなことをしながら生きてきたので、そんな風には思っていないのですが。まあ、多少はいろいろ、あったかも…)

「で、父はすでに亡くなりまして、81歳の母が隣に住んでいます。それから、79歳になる叔母の身元引受人をしておりまして、叔母も近くに住んでいます。おかげさまで母も、叔母も、元気に暮らしておりまして、旅行に行ったり、月に1度、東銀座にある歌舞伎座に行ったりと、『おひとりさま』の暮らしをそれなりに楽しんでいるようです。で、二人の唯一の不安は『私に迷惑をかけずに死ねるかしら』なんです」

(ここで、何人かの方が頷いて下さる)

「私はいつも、『お母さんのことは、私が最後まで見守るから、安心してちょうだい』と伝えてきたのですが、実は昨年秋に、母がすごく不安をもっていることがわかったです。ある日のこと、母がこう言い出しました」

〈私は老人ホームに入ろうかと考えてるの。Nちゃんに(=私の妹)にそういったら、「お姉ちゃんが隣に住んでいるのに何言ってるの?」叱られた」と〉

「びっくりしました。どうして? 私が最期まで家で看取るつもりなのに…、と思いながら、初めて母の本音がわかったんです。母は、本家に嫁いだ嫁として、老親2人を家で看取りました。寝たきりになってから14年間。もう家庭崩壊ぎりぎりの状態で、思春期の私たち姉妹はいつも複雑な思いを抱えてその様子をみてきました。だから、母は介護の大変さは身にしみている。そして、自分がそうなったとき、娘=私はそれができるだろうか。絶対にできない、と母は思っているのでしょう。もっといえば、

〈いざというとき、娘は仕事が最優先。孫(=私の息子)が最優先になる〉

とわかっている。だから、介護が必要になったときの、身の処し方を決めたいと思っていたのです。

私は迷いました。母に、ゆいま〜る倶楽部を進めてみようかと思いました。でも、言い出せない。それを言ったら、〈結局、あんたは私のことは見捨てるのね〉と母が傷つくと思ったから。で、思い切って言い出してみました。すると、母は、

〈3000万円払って、有料老人ホームに入るのは無理。でも、300万円で安心が買えるなら、私はゆいま〜る倶楽部に入る〉と。

ああ、親子というのは、わかっているようでわかっていないと思いました。言葉というのはとても表層的なもので、内面の葛藤を隠してしまう。人間の感情というのは複雑で、つねに相反する矛盾を抱えながら生きているのですね。そんな経験を踏まえ、本日は皆さまと語り合っていきたいと思います」

(つづく)

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